パパはこころのかぜ

子育てのこと。いろいろな経験や日常を綴ります

季節が秋へと移っています  秋色いろいろ

 

桜

2021.10.3 桜

 

 

 

お久しぶりです

マっさんです

 

みなさん お元気ですか

 

僕の方は、

大忙しだった夏の疲れが残りつつも、何とか元気です

 

何とか...って?ねー

 

日々を歩んでいると、

いろいろ いろいろ ありますね

 

みなさんも いろいろ あると思います

 

言わないだけで、

いろんな日々を歩んでおられるのだと思います

 

最近、

あっという間に、時が流れていきます

 

なかなか

みなさんのところへ伺えないでいます

 

僕の

ブログの時計は、

すっかり止まっていますが、

いろいろありながらも、心穏やかにヤっています

 

心は、日々の歩みで

やっぱり いろいろです

それでも、

「冷静に、単純に」考えて

歩むようにしています

 

そんな感じのマっさんの秋です

 

そのことを

お知らせしておこうと思います

 

 

ブログの方は、

のんびり更新になりますが、

綴った時にお会いできたら嬉しいです

 

 

みなさんも

想いと景色、気温も いろいろな秋ですが、

身心を大切に

無理をしないように

 

いつも ありがとう

マっ

 

 

 

 

 

ついしん

日々のお散歩は続けています

そのことは、もう一つのブログ マっ で、のんびり 静かに綴っています

よろしければ。お時間ある時に

patorearobot.hatenablog.jp

 

 

夏 いろいろ 2021

またたくまに 時が流れた8月

月初に

母の体調がくずれ

119番を押しました。

 

外出と狭い所が苦手な僕

母に付き添い救急車に乗りました。

 

22時

病院に着くと

たくさんの方が

母を受け入れてくれました。

 

医師、看護師の方々に

状況を説明したり されたり

 

気づくと

母を救急搬送してくださった救急隊員の方たち

もう 次の患者さんの所へ向かって行かれたのか

お礼のひとつも言えませんでした。

 

救急車の中で

母と僕を励ましてくれた救急隊員さん

 

世界が大変な中

目の前の苦しそうな母を救おうとする真っ直ぐな熱いハートが伝わってきました。

 

あの暑い中

命を前に分厚い服にヘルメットの救急隊員さん

心の底から

すごい人たちだと思ったよ

 

命のバトンを受け取った病院の先生と看護師さんの方々

真夜中に診て 検査して

母は入院となりました。

 

母を医療従事者の方々にお願いして

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僕が病院を出たのは am4時

 

医療現場は眠らないのです

この時も、すごい人たちだと思ったよ

 

この場を おかりして

「ありがとうございました」

 

そして

「ありがとうございます」

 

 

 

 

 

タクシーで帰宅した僕は

2時間ほど眠り

予約してあった娘の成人式振袖の前撮りに向かいました。

まる一日かかり 帰宅したのは21時

 

母のことが気になっていたけど

コロナの関係で面会はできません

 

病院からも「来ないでください」と言われていて

何かあったら僕の携帯が鳴ることになっていました。

 

入院に必要な物を届けたり

役所へ手続きに走ったり

 

今は

病院に行っても病室には入れません

 

何かあれば家族の携帯が鳴る

患者がコロナであろうと なかろうと

 

看護師さんを通してのやりとり

 

母は長年の持病での入院になりましたが

母の入院直後から全国の入院ベッドの空きが厳しい状況になっていきました。

 

 

母を搬送してくださった救急隊員のひとりから

「お母さんの部屋を片付けておいてください」と言われていた僕

 

母の部屋

【激しくビューティフルの反対このお部屋】だったので

 

母が入院している間に

僕は、ひたすら母の部屋の片付けと掃除をしました。

 

いつも やんわりと

「お部屋 片付けようね」と母には言っていたのですが

なかなかねー

 

母の部屋

物の多さ部門では、おそらく金メダル級

 

妥協をゆるさない僕のハートに火がついて、徹底的に片付けと掃除をしました。

 

家具や衣類等、すべて部屋から出し

床と壁、押し入れとクロゼーットの内側すべてを拭き

家具の内と外、押し入れとクローゼット内にある衣類ボックスの内と外を、すべて拭き

カーテンと、自宅で洗濯できるすべての衣類を、洗濯機大回転させました。

 

ところが、雨が続き なかなか乾きません

 

片付けても 片付けても 片付かない 途方もないお部屋に

心が折れそうになるも

大好きなRockの音楽を流しながら 目的に向かって突っ走りました。

 

時折、切ないモノを目にしては手が止まり胸が熱くなりジーンとしたり

 

母のモノたちを見て

「こうして生きてきたんだ」と

いろいろ考えさせられました。

 

 

退院の日

母の部屋は、まだ片付いていませんでした。

 

病院に娘と二人で母を迎えにいき

2週間ぶりに家に帰ってきた母にはリビングで待ってもらうことに

 

部屋を片付け終えたのは、退院日の23時過ぎ

 

本当は、退院直後なので、21時には寝かせてあげたかったのですが、キレイな空気のお部屋に母を迎え入れたかったので、夜晩くまでかかってしまいました。

 

部屋を片付け終えた僕は、23時過ぎに

桜

日課のお散歩にいき、桜の木に会いにいきました。

 

 

帰宅してスグに、キレイになった母のお部屋を、まずは、妻と娘に見せました。

 

「パパやったじゃ~ん」と、流れ星に出会うくらい久しぶりに、妻から 嬉しく ありがたい言葉を掛けてもらいました。

 

そして いよいよ母を部屋に

母は部屋に入るなり、「ひろーい」と。

足の踏み場もなかったお部屋が、家具3つだけの広いお部屋に大変身

 

それまで寝ていたお布団が見当たらなく、少し戸惑っている母に、買って僕の部屋に置いておいた新品のお布団一式を持ってきて、母の目の前で開封し、シーツやカバーをつけ、お布団を敷いてあげました。

 

とても喜んでくれた母です。

何度も何度も「ありがとう」を言っていました。

 

その他にもいろいろなことが、母が入院している間にあったのですが、いろんなことに僕の身体が動いてくれ、動けることにありがとうの気持ちでいっぱいでした。

 

身心健康で不自由なく動けることの ありがたさ

大切な人の為に動ける うれしさ

 

一気に駆け抜けた2021の夏

 

降り続いた雨が ようやく上がり

今は、まだある母の洗濯物を大回転させているところです。

ギラギラ太陽パワーでスグに乾くので、一日 洗濯機 5回転の日々です。

 

この8月

ブログを綴る時間もなく

新聞も5日分とか読まずに溜まり

毎晩みるニュース番組の録画も溜まりに溜まりました。

連日、早朝から深夜まで、母の部屋の片付けで時が流れていきました。

 

部屋ひとつ片づけるのに これだけの時間とパワーがいるので、いろいろ勉強させていただきました。

 

今回の母の入院で、いろいろなことがスムーズにいきました

  • 母の契約している物や、大切な物
  • 母の健康状態
  • 母が通院している病院・科、病気のこと等
  • どこの病院(複数)から、どんなお薬が処方されているか
  • その他、いろいろなことを普段から話し合って、最新の情報を共有

これらのことを、僕が把握し、母と一緒に管理していたので、入院の際にそれほど困ることなく、保健証や診察券、お薬手帳、生命・入院保険、母の健康状態、病歴等の医師・看護師さんへの説明などをスムーズにおこなうことができました。

 

母が、それらの情報を、僕を信頼して教えてくれていたからスムーズにできたのだと感じております。

 

部屋の片付けも、(僕に)「すべて まかせる」と、入院先のベッドの上からラインを送ってきた母です。スマホ教えといてよかった☆彡

 

 

あともう少しで終わる母の片付け

それが終わったら、今度は、家じゅうを徹底的に断捨離とお掃除する僕なのです。

 

コロナでレジャー等、外に行けない今こそ、家の内と外すべてを徹底的にキレイにすることに時間を使ってみてはいかがでしょう。

ヤリ出したら ヤメられない止まらない 大掃除です☆彡

 

 

こんな感じで 時が流れた8月

月初に、ブロ友さんの記事を読んで

太陽ギラギラパワーで、お芋を焼こうと、つくっておいたソーラークッカー

 

お芋を焼いている時間がない8月だったけど、昨日 やっとお芋を焼いて夕食でいただきました。

 

am4

風が強くアルミホイルが なびいてシワシワに

 

 

 

 

黒いアルミホイルに包まれたお芋

ソーラークッカー

お掃除に気を取られ6時間もソーラークッカーの上にいたお芋たち

 

 

 

アルミホイルから取り出すと

お芋

爪楊枝が刺さって食べれそうです

 

 

 

カットすると

うん おいしそう

夕食

鰹のたたきと一緒に おいしくいただきました

 

やっと焼けたよ

お芋さん

 

 

 

さいごに

一年前の僕の体調からは

考えられないくらい 動ける身体になっています。

もう ずっと、あの体調不良のままの人生だと思っていたので、嬉しくて ありがたくて

 

諦めなければ

こんな日が来るんですね

 

ありがたい ひとときを

大切に

歩んでいくことにします

 

多くの方のおかげで

今の自分があることを

改めて感じ みつめることができた2021の夏です

 

明日も ぼちぼち

がんばります

 

ありがとう

 

僕の ありがとう 体調を崩して22年、今 思うこと

 

1999年2月

僕は体調を崩しました

 

悩み 心が沈み続ける日々が続きました

 

そんな時、

しばらく会っていなかった心友に会いにいきました

 

以前、一緒に走っていた友です

 

彼は僕を

鈴鹿サーキットへ連れていってくれました

彼の練習走行へ

 

久しぶりの鈴鹿

西コース パドック

3月の空気が冷たくも新鮮だった

 

そこにいるだけで

多忙な日常から離れることができたような気がした

 

 

 

 

 

この場所が好き  

CB400SF

友のマシン

1999.3.6 鈴鹿サーキット 西コース 早朝

 

 

1999.3.6

僕が鈴鹿に行かなくなって6年くらいの月日が流れていた

 

その間、彼は、ずっと走り続けていました

 

僕は、ストップウォッチを握り、彼の走りを、西コースピットでタイム計測し、彼にサインボードを出しました

 

その時のサインボード

6年前(1993年)まで使っていた、僕のサインボードです

彼のトランポ(クルマ)に積みっぱなしで、

彼は僕のサインボードを、僕が鈴鹿に行かなくなってからも使い続けてくれていました

 

とても重そうなマシンに見えたけど、とても速くて

現代の鉄の馬

そう 思い 感じました

CB400SF

そして、まぶしく 美しかった

 

 

 

彼の走りを見ながら

「やっぱ 鈴鹿はいいなー」と、

日常へ戻ることへの

いろいろな思いが浮かんでいました

 

それと、

「最近、燃えてないな」って

 

 

走行後

走り終えたマシンの横で

お弁当 食べたり

コーヒー 飲んだり

二人で いろいろ 話したり

 

もう何年も、

こういう ひととき なかったなーと。

 

 

今、思うよ

夢中になれることがある素晴らしさ

 

友のありがたさ

 

話し掛けてくれる人がいることのありがたさ

 

身心 健康のありがたさ

 

支えてくれる人がいることのありがたさ

 

大切な人へ何もできない悔しさと切なさ

 

長い月日が流れたけど、ひとりだったら どうなっていたかわからない

 

支え 寄り添ってくれる すべての人へ

感謝の気持ちでいっぱいです

ありがとう

 

いつも ほんとに ほんとに

ありがとう

 

 

 

 

 

 

 

そして、この日、

 

 

 

 

 

 

 

加藤大治郎くんのマシンにも会いました!

NSR250 加藤大治郎 №100

1999.3.6 鈴鹿サーキット NSR250 №100

 

 

 

この6年前(1993.4.4)のサンデー

鈴鹿 西コース NB-SP250

・16歳(高校生)の大治郎くん

NSR250

・予選 1分25秒788(予選 E グループ)

予選223台の中、ひとり異次元の 25秒に入れていました!

 

1993.4.4 鈴鹿サンデーロードレース

僕も予選を走ったけど、余裕の予選落ちでした☆彡

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空

20日

 

みんな安全運転でトコトコと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はてなインターネット文学賞「記憶に残っている、あの日」

 

このタンポポに ふれると!!

 

 

 

 

 

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